「手土産は他にも用意しました。こちらをどうぞ」
俺は自作の杖とバドじいさんの護符を取り出した。
ディアドラの目の色が変わる。「魔法銀の杖か! 宝石の魔力が高純度で付与されておる。だがこの文様はなんじゃ、見たこともない」
「それは企業秘密ということで……」
あの謎の洞窟の話を口外すると、即座に白騎士ヴァリスにバレてしまう。追っ手が来て殺されるのはごめんだからな。
「ふうむ。文様だけではない、非常に高い技術で魔力がめぐらされておるのう。ここまで高品質な杖は、このわしをして初めて見た」
え、そこまで?
そりゃあ今の俺の持てる力を全て注ぎ込んだ杖だけど、魔法都市のトップが絶賛するほどのものだったとは。 俺がぽかんとしているのに気づいて、ディアドラは苦笑した。「おっと、ちと言葉足らずだったのう。もちろん国宝級や伝説級の杖は、もう一枚も二枚も上手じゃよ。けれども一介の職人が作ったもので、材料も特別なものではないとなれば、間違いなく最高ランクになる」
「それでも過分なお言葉です」
俺は素直に言って頭を下げた。正当に評価した上で褒めてもらって、じんわりと胸が暖かくなる。
「この護符も見事な出来じゃ。魔法書といい杖といい、ずいぶん気前のいい贈り物だのう」
ディアドラは笑顔のままだったが、瞳の奥に打算的な光が灯った。
……交渉はこれからだ。 エリーゼやバルトと目配せして、俺は深呼吸をした。「実はディアドラ様に、お願いがあって参りました」「ふむ」
彼女がうなずいたので、俺は続ける。
「俺は先日、北の土地へ旅した際に雪の民という人々と出会いました。彼らはパルティア王国の北の国境線の外側に暮らす人々です。驚いたことに、雪の民はパルティア王国と正式な不可侵条約を交わしていました。百年も前のものですが、俺の見た限りでは文書に不備もないようです」
「ほう、聞いたこともない
真っ二つに折れた俺の剣は、滑るようにヨミの刀身を下り。 そのまま、柄の宝玉に突き刺さった。まるで何かに導かれるかのような動きだった。「何!? バカなッ」 ヨミの剣を持つ王が、驚愕と焦りの表情を浮かべる。 折れた剣が突き入れられた宝玉は、急速に光と色とを失っていく。「ヨミ! お前まで俺を裏切るのか。お前まで、俺の望みを奪うというのか!」『ちげーよ』 答えたのは、弱々しいながらもいつも通りのヨミの声。『久々にお前の顔を見て、ちょいと忘れそうになったが。オレはお前に与えたかったんだ』「与えるだと? ふざけるな。いよいよ俺の願いが叶うというときに!」『いいや、これでいいんだ。……聞くけどよ。お前、この三百年。生き長らえて幸せだったか?』「何……」 俺は折れた剣から手を離して一歩下がった。 宝玉を割った剣は床に落ちて、カランと乾いた音を立てる。『延命の願いは叶えてやった。そして、たった一人でここにいて、奪われることはなかったはずだ。それで幸せだったか? お前の願いを叶えれば、永遠にこれが続く』「…………」 王の視線がわずかに揺れた。至近距離でなければ分からないほど、ほんのわずか。『だから――』 割れた宝玉がもう一度光を灯した。力を振り絞るように。『だから、これで終わりにしようぜ』 ヨミの剣が王の手を抜け出す。 宙に浮いた剣は切っ先を主に向けて、そのまま玉座へと串刺しにした。「がはっ……、ヨミ、貴様……」『お前の命を奪った代価は、オレの命で支払おう。あの世の旅路、付き合ってやるよ』 そうして彼らは息絶えた。 後には静寂だけが残った。 部屋の主と造物主
「させるかっ!」 俺は床を蹴った。剣を抜いて王とヨミへと斬りかかる。 王の皺深い顔がいびつな笑みに歪んだ。 この部屋はのぞみの部屋。 彼の望みを叶えるための場所。 かつてヨミの剣はこの土地の守護神を殺して力を奪ったと言っていた。 神の力とは、大きく分けて二つある。 一つは単純な力の強さ。神を名乗る存在は、そこらの魔物と比べ物にならないほど強い。 二つ目は特殊な権能。 例えば北の氷の女王は気候や気温を操ることができる。 単なる力や魔力の強さを超えて、この世界に干渉する力が神にはある。 たぶん、ヨミが殺した神は『願いを叶える』権能を持っていたのだと思う。 だからこそヨミはのぞみの部屋などというものを作った。 そして大規模な願いを叶えるには、他の神の秘宝を組み込む必要があった。 それまでの繋ぎとして、王の『永遠に存在する』という願いだけを叶えた。 この部屋の中において、ヨミと王とは絶対の存在。 永久氷河の勾玉を手放した俺が太刀打ちできるはずもなかった。 でも。 ヨミは迷っている。 王は言っていた。 血縁者から生贄を要求したのに、すぐに途絶えてしまったと。 子孫らは彼を忘れ去ったと。 そんなはずはないのだ。 だってパルティア王国には常にヨミの剣が在った。 神殺しの剣として王家と密に関わっていた彼がいれば、生贄を無理にでも出すことはできただろう。 ましてや忘れるはずがない。 ヨミは今でも、王を『我が主』と呼んでいるのだから。「ヨミの剣!」 俺は叫んだ。 王ではなく、剣の宝玉を見据えながら。「神としてのお前、王の剣としてのお前に問う! その願いは、叶えるに値するのか!?」 ヨミの記憶で見た場面が蘇る。 彼はこう言っていた。『我が主。どうすればお前の心は満たされる? かつてオレの飢えを満たしてくれたように、オレもお前に与えたい
目を開けると、目の前の扉は消え失せていた。 扉があった場所はくろぐろとした穴が開いて、石造りの通路が続いている。「――行きましょう」 ニアが言った。 通路に足を踏み入れる。 俺たちは誰もが無言で歩き続けた。 そうしてどのくらい進んだことだろう。 通路はまた扉に行き当たった。 けれど扉は封印も施錠もされておらず、手で押せばあっさりと開いた。 ズズ……と重たげな音とともに扉が開いていく。 その先は広間になっていた。 ひどく広い、真っ暗でがらんどうの空間。 俺たちが中に入れば、恐らく魔法の仕掛けだろう、部屋のそこかしこに明かりが灯った。「ここが『のぞみの部屋』?」 ニアがきょろきょろと辺りを見回している。 と。「ああ、そのとおりだ。森の民よ」 低くしわがれた声が響いた。 声の方向を見れば、部屋の中央に誰かがいる。 そこだけ豪華に作られた玉座に座って、フードを目深にかぶっている。「よくぞ秘宝を揃え、ここまでたどり着いた。お前たちには望みを叶える権利がある。さあ、願いを言うがいい」 ニアが一歩前に出た。 不安そうなルードにうなずいて、口を開く。「わたしの願いは、森の民の復活。エーテルライトに留まる魂たちに、新しい肉体を」「……承知した」 フードの人物が言うと、彼の頭上に光が現れた。 緑の光を放つ宝珠、エーテルライトだ。 扉に嵌め込んだ秘宝をここに呼び寄せたのだろうか。 エーテルライトから小さな光がいくつも飛び出した。 光は蛍のように飛び交って、宝珠のまわりをくるくると回っている。 光は徐々に大きくなって、だんだんに人の輪郭を取り始める。「みんな……これで、また会える……」
「愚かな! お前も操ってやる!」 メイデスが叫んで黒い霧がこちらに向かってくる。 重圧がかかる。ぐらぐらと視界が揺らいで意識を失いそうになる。 だが。 前に進み続ける俺のすぐ横を何かが追い抜いた。『オラァッ! 串刺しにしてやるぜ!!』 それはヴァリスによって投擲されたヨミの剣だった。 ヨミはまっすぐにメイデスへと向かって飛んでいく。「な、バカな!」 メイデスが悲鳴を上げる。 黒い霧がヨミを包むが濃度が薄い。 元からニアを操っているのに加えて、力を俺とヨミに振り分けたのだ。 明らかに力不足に陥っている! ヨミは投げ放たれた速度そのままにメイデスの胸を貫いた。 黒い霧が消えて俺の体も動くようになる。「…………ッ!」 俺はメイデスの首をはねた。 胴体から離れた首が床を転がっていく。 ――人殺しはしたくなかった。 でも今はそんなことは言っていられない。 ニアとルードを、俺の恩人たちを助けるのが第一。 秘宝を持つメイデスは確実に殺さなければ、何をしてくるか分からなかったから。 動揺しながらも襲ってくる兵士たちを叩き伏せる。 こいつらは気絶に留めたが、ヨミを手にしたヴァリスがきっちりと殺していた。 結局、俺が殺したのと同じことだろう。「ニア、しっかりしろ。ルードも」 床に倒れた二人を助け起こす。 ルードは気を失っているだけで、大きな怪我はない。 ニアも名を呼ぶとゆっくりと目を開いた。「ユウ……? どうしてここに」「助けに来たんだよ。命と魂の恩人だから」 俺が言えば、彼女は悲しげに微笑んだ。『あらよっと』 背後でヨミの声がする。 首を失ったメイデスの死体から、赤黒い水晶のようなものがこぼれ落ち
秘宝の洞窟の前には帝国軍の兵士たちが整列していた。 かなりの人数だ。百人程度はいるだろう。 彼らは武器を構えていつでも戦える体勢でいる。 兵士たちの様子を森の茂みから見ていた俺は、軽く枝を揺らして合図した。 周辺に散ったヴァリスとバルト、盗賊ギルド員たちからも合図が返ってくる。「――投擲ッ!」 レナ特製の混乱のポーションを各人が投げた。 パリン! がしゃん! 瓶の割れる音がして兵士たちがたちまち混乱に陥る。 ほとんど全員が同士討ちを始めた。 混乱した兵士たちの相手は盗賊ギルドのメンバーに任せる。「何事だ!」 洞窟の中から指揮官らしき人物が出てきた。 その頃には俺たちは距離を詰めている。 ヴァリスが、ヨミの剣が指揮官を斬り殺した。ヨミの宝玉の真紅が濃くなる。『ハッ、帝国のゲス野郎だが魂は旨いじゃねえか! 安心しろ、オレがきれいに喰らいつくしてやるぜ!』 洞窟の中にいた兵士を次々と斬り倒して血祭りにあげている。 雑魚に用はない。 ニアとルードを見つけなければ! 俺は帝国兵士たちの死体を飛び越して奥に向かった。 土の洞窟が途中から石造りになる。 背後で兵士たちの悲鳴が止んで、ヴァリスが追いついてきた。 通路の先、封印の扉の前に人影がいくつか見える。 帝国の兵士が何人か。 高官らしい立派な身なりの人物。あれがメイデスだろう。 それに……ニアとルード! 俺は問答無用で麻痺のポーションを投げつけた。 ニアとルードを巻き込んでしまうが、麻痺なら別に問題はない。一時的に動けなくなるだけだ。 だが。 ポーションは彼らに届くかなり手前で叩き落された。 ニアから発する光が矢となって瓶を射抜いたのだ。 あれは魔力の、エーテルライトの光。「ニア!」 俺の叫びに彼女は答えない。 虚ろな瞳
それからも青年は――神殺しの王は貪欲に働き続けた。 国の国土を最大まで伸ばす。 戦争で虐殺を少し手加減して大量の奴隷を手に入れた。 奴隷でない人々も、恐怖と圧政で支配した。 土地の守護神の血を啜った剣は、生ける武器として最高峰の強さを手に入れた。 切れ味や使い手の能力を引き出す力だけでなく、守護神の知識をも入手した。 剣は守護神の名にちなんで『ヨミの剣』と名付けられた。「ヨミよ。俺はまだまだ足りないんだ。国を建て、神の力を手にいれた。それでも心は飢えるばかり」『我が主。どうすればお前の心は満たされる? かつてオレの飢えを満たしてくれたように、オレもお前に与えたいんだ』「この大陸全土の支配、いいや、この世界全てを支配したい。それには寿命が足らぬ。俺はもう人生の折り返しを過ぎた」 青年は既に壮年の年頃になっている。「永遠の命が欲しい。永遠にこの世を支配したい。全ては俺のもの、奪いたいだけ奪ってやる」『……分かった。守護神の知識から糸口を探してみよう』 そうしてヨミは魔法使いたちを集めて、のぞみの部屋を設計した。 守護神の知識にあったエーテルライトと永久氷河の勾玉。そしてヨミの剣自身。 それらを鍵として魔力の部屋を作り上げた。 計算上は完璧だったが、エーテルライトと永久氷河の勾玉の入手はできなかった。 まだ完成していない部屋の扉の前に立ち、王が問いかける。「この部屋に三つの秘宝を集めれば、我が願いが叶うのだな」『そうだ。そうすればお前の心は安らぐだろうか。オレはお前に与えられるだろうか』「そう、だな……」 王は部屋の扉に触れる。 扉に刻まれた封印と増幅の文様に魔力が流れる。 文様が強く発光して視界を覆う。『安心しろ。お前の願いが叶うまで、パルティアの国とお前の子孫は、オレが守ってやる。だからお前は待っていてくれ』 ヨミの声が響いた。 光はますます強くなり、俺を絡め取ろうとする。